事業承継を見据えた医療法人化の考え方 2026.6.8
― 医療法人の歴史と、持分あり・持分なしの違いから考える ―
昨今の事業承継問題は一般企業だけではなく、医療機関においても非常に重要な経営課題となっております。
医療機関の事業承継を考えるうえで、避けて通れないのが医療法人化をどう捉えるかという論点です。
特に、院長自身が長年築いてきた診療所や病院等を、次の世代へどう引き継ぐかを考える際には、単なる税務上の選択ではなく、経営の継続性、財産の承継、意思決定の仕組みまで含めて検討する必要があります。
医療法人の歴史と現在の位置づけ
医療法人制度は、医療法第39条に基づき、病院・診療所・介護老人保健施設・介護医療院を開設するために設けられた法人制度です。
もともとは、個人開業医の診療所を法人化し、医療機関の継続性や組織的な運営を確保する目的で広がってきました。
現在、新たに医療法人を設立する場合は、持分なし医療法人しか設立できません。
一方で、平成19年3月31日以前に設立された持分あり医療法人は、経過措置として現在も残っており、医療法人には「新しく設立される持分なし」と「過去に設立された持分あり」が併存している状況です。
持分の有無によって、財産の帰属、相続、解散時の扱い、後継者への引継ぎ方が大きく異なる為、医療法人化を検討する際は、この歴史的経緯を理解しておくことが重要です。
持分あり医療法人と持分なし医療法人の違い
医療法人の大きな分かれ目は、出資者に財産権があるかどうかです。
出資者が医療法人の財産権を持つ形です。 解散時や持分払戻しの場面で、出資者の権利が問題になります。
・持分なし医療法人
出資者が法人の財産権を持たず、医療法人の財産は法人に帰属します。 そのため、解散時にオーナー家へ財産を戻すという発想が基本的に取りにくくなります。
この違いは、単なる制度上の分類ではなく、事業承継の設計そのものに直結します。
特に医療法人は、医療機関としての許認可が法人に帰属するため、後継者が承継しやすくなります。しかし、持分なし医療法人の場合、財産の出口設計には注意が必要です。
事業承継において、医療法人化は何を変えるのか
個人事業のまま承継する場合、医療機関の許認可は院長個人に紐づいているため、後継者が改めて許認可を取得する必要があります。また、各種契約の名義変更や相続手続きが煩雑になりやすいです。
これに対して医療法人は、医療機関の許認可や契約は法人に帰属するため、後継者が理事長や役員を引き継ぐことで、診療体制を比較的スムーズに継続しやすいという利点があります。
急な相続や院長の逝去があっても、法人としての枠組みがあるため、事業を止めずに継続しやすい点は大きな強みです。
医療法人化のメリット
1. 事業承継がしやすい
医療法人化の最大の利点は、承継のしやすさです。
個人事業では、院長個人に帰属している許認可や財産を一つずつ整理する必要がありますが、医療法人では法人格が主体となるため、後継者は法人の役員構成を整えることで承継を進めやすくなります。
2. 税務上のメリットがある
医療法人化により、所得税・住民税の個人課税から法人税ベースへ移ることで、税負担が軽減されるケースがあります。
また、給与所得控除が使えること、退職金を支給できること、繰越欠損金の活用がしやすいことなど、経営と税務を分けて考えやすくなる点もメリットです。
3. 経営の分離ができる
個人事業では、院長の資産と事業資産が混ざりやすいですが、医療法人では法人と個人を分けて管理できます。
これにより、経営管理の透明性が高まり、後継者にとっても状況を把握しやすいという利点があります。
4. 分院や附帯業務の展開がしやすい
医療法人では、一定の条件のもとで分院の設置や附帯業務の運営が可能です。
将来的に診療機能を拡張したい、複数拠点で運営したいという場合には、個人事業よりも柔軟性があります。
医療法人化のデメリット
1. 手続きと維持コストがかかる
医療法人の設立には、認可申請、登記、税務届出、保健所対応など、複数の手続きが必要です。
さらに設立後も、総資産の登記や決算届など、毎年の事務負担が発生します。
個人事業に比べて、運営の事務コストは増加することがほとんどです。
2. 自由に現預金を使いにくくなる
個人事業では、事業で生じた現預金は原則として事業主のものですが、医療法人では法人と個人が分かれます。
そのため、院長個人の自由度は下がり、可処分資金の感覚が変わることがあります。
3. 解散時の財産帰属に制約がある
持分なし医療法人では、解散時に法人に残っている財産を法人役員を中心とするオーナー家に自由に戻せません。
そのため、「将来解散するなら財産をどう守るか」という観点では、個人事業よりも設計が難しくなります。
4. 社員総会・理事会の運営が必要になる
医療法人は、院長一人の意思だけで動く形ではなく、社員総会や理事会を通じた運営になります。
これは組織としては健全ですが、裏を返すと、意思決定の自由度は下がるということでもあります。
親族間の関係性や、後継者との力関係によっては、運営上の摩擦が生じることもあります。
事業承継の観点から見た医療法人化の評価
事業承継を重視するなら、医療法人化は非常に有力な選択肢です。 特に、次のようなケースでは相性が良いといえます。
・医療機関を止めずに承継したい
・複数職員を抱える組織運営を強化したい
・税務と経営を整理したい< ・将来的に分院や機能拡張を考えている
一方で、
・財産を自由に戻せる形を重視したい
事務負担を増やしたくない
という場合には、医療法人化が必ずしも最適とは限りません。
つまり、医療法人化は「良い・悪い」で判断するものではなく、何を優先するかによって評価が変わる制度です。
まとめ
医療法人制度は、単なる節税スキームではなく、医療機関を次世代へどう引き継ぐかを設計するための器です。
とくに事業承継を見据える場合、医療法人化は、承継のしやすさ、経営の継続性、税務上の整理という面で大きなメリットがあります。
その一方で、手続きの煩雑さ、維持コスト、財産の自由度低下、意思決定の制約といったデメリットもあります。
したがって、医療法人化は「今の税金をどうするか」だけの話ではありません。
医院を次世代へどう渡すか、そしてその医院をどう持続可能な形に整えるか。その問いに向き合うための、一つの大きな選択肢です。
だからこそ、目先の損得だけで判断するのではなく、5年後、10年後に誰が経営を担い、どのように診療を継続していくのかを見据えて考えることが大切です。

堀田 涼平
2018年税理士法人名南経営入社。
医療法人・個人事業を問わず、有床・無床診療所、歯科医院、社会福祉法人など、医療・介護 分野を中心に会計・税務顧問業務に従事。 現在は上記業務の他、医療法人設立手続・持分なし医療法人への移行・MS法人との取引見直し の検討による事業承継支援や官公庁への諸手続等の各種コンサルティング業務にも従事している。


